MLBカード Vol.134 Pete Incaviglia ピート・インカビリア -ダメ助っ人…-
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作成日時 : 2007/04/26 10:25
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Pete Incaviglia ピート・インカビリア
この選手を憶えてる人はあまりいないでしょう。誰でしょうか?そうです、元ロッテの助っ人(この「助っ人」という呼び方も昔から物議を醸してきましたが)のインカビリアです。その日本での「助っ人」ぶりは?というと、1995年にレンジャーズ時代の僚友であるボビー・バレンタイン監督、フリオ・フランコと来日したものの、71試合に出場、44安打、10本塁打、31打点、1盗塁、打率.181の成績で、たった1年で日本を去りました。日本では惨たんたる成績で終わったのですが、元々は超エリート選手で、大学時代は年間48本、通算100本のホームランを放っていて、85年にドラフト1位でエクスポズに条件付きで入団。この条件とは、即他球団へ移籍することで、レンジャーズに移籍し、マイナー経験なしで、86年開幕戦に、いきなり「4番」に抜擢されます。この年153試合に出場し、135安打、30本塁打、88打点、打率.250と、活躍しますが、残念ながら新人王は33本塁打、117打点のアスレティックスのホセ・カンセコが獲得しました。デビューから5年間がピークで、メジャーで20本塁打以上6回のうち5回が、この5年連続での記録。ただし三振も多く、やはりこの5年すべて130三振以上で、86年(185三振)、88年(153三振)は三振王です。その後91年にタイガース、92年にアストロズ、93年にフィリーズと移籍が続きます。93年には、規定打席未満ながら、24本塁打と3年ぶり最後の20本以上を打ち、三振がひところより減り、その分打点が増え89打点で、キャリア・ハイでした。95年に日本に行ったものの、結果を残せず、96年に再びフィリーズと契約し、16本塁打ながら、打率が.234と低く、シーズン途中でオリオールズにトレード、そして、翌97年はやはりシーズン途中に今度はヤンキースに。現役最後の98年は以前在籍したタイガース→アストロズと移りました。一度もマイナーを経験せずにいたスラッガーは、実は、日本で初めて「マイナー=二軍」行きを命じられ、メジャーでも、97年のヤンキースでマイナーを経験し、最後は寂しい野球生活となりました。インカビリアは1964年生まれの43歳。メジャー通算成績は、12年、1284試合、1043安打、206本塁打、655打点、33盗塁、1277三振、打率.246。
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